踊り場宣言

踊り場(Landing)(※1)とは、階段の途中に設けられた平面/空間である。それは、階段の各段よりも確実に広く、小休止、方向転換、転落防止のために役立つ。階段の高さが4mを超えるごとに踊り場を設けることは、日本の建築基準法で義務付けられている。


踊り場は、明治時代に西洋からもたらされ、初めてそこを歩く着飾った人を見た当時の日本の人々(※2)の目には、彼らが踊っているように見えたという。彼らはそこを、舞踏場=踊り場だと考えたのだ。そういった有様 - 西洋から来て、意味を理解されず、単に踊るためにあるようなものだと思われている - は、今日の人文学のそれとよく似ている。人々を休ませ、方向を換えさせ、投身を防ぐためにあるようなその知性(あるいは反知性)的な場は、人々の目に、まるで踊るためにあるようにしか見えていないのだから。我々は、まさにその場に、Landing(着陸/上陸)しようと思う。そう、我々は、「踊り場」というその言語=場を、占拠するために来たのだ。


踊り場という言葉には、Landingとしての意の地層に、Dance Floorの意が、勘違いされたものとして、保存されている。したがって、「踊り場」という言葉は、その場が機能として持つその意図された意味とは、ずらされたものとしてある。「踊り場」というそのユーモラスな名は、わたしたちが見、そしてそれについて語ることの根本的な不可能性を示している。そこには、意味と言語の、「見えるもの」と「話されるもの」のずれによって開かれた空間がある。その空間=場こそが、「踊り場」の宿る場所であり、わたしたちが活動をするための場所である。


日常、わたしたちが見るものと、わたしたちが口にする言葉。それらは、形が、あるいは意味が、己の存在を主張し、他とぶつかり合うための場となっている。それらは決して、安定した不動の場ではない。言葉は、それが初めて口にされたときから、一時たりとも同じ形であり続けたことはない。言葉とは、階段で戯れる人たちの足のように、不安定で転びやすい。


意味あるいは存在は、それらがそれとして立ち現れるために接木され、接着され、運ばれてきたものが集められる一つの場となっている。それは侵略可能な場であり、守られていると同時に開かれているのだ。
あるシニフィエが、シニフィアンを必然的に呼び寄せた際に、ノエシスの気まぐれによって、偶然に開かれた場としてのノエマが、活動の、思考の、闘争の、対決の場として開かれるのを、我々は「見る/話す」。それは、吉田美音子の言う「帰納法」(※3)が、まさしく闘争の手段となるような、言表と可視性(※4)のせめぎ合いの場なのである。それは、一つの劇場(※5)であり、舞踏場(※6)なのだが、わたしたちの誰も観客席にはいられない。わたし達は、たとえ観客であるときでも、舞台から降りることはできない。わたしたちには、観客であるときにも、その観客としての役を割り振られているのだ。見ることと見られることは同じ一つの身振りの上に重なっており、わたしたちは見られることなしには、何も見ることができない、とでも言うかのように。
言葉とは、意味であり、記号であり、舞台であり、劇場である。意味と記号とは、舞踏場であり、差異の戯れであり、戦場であり、反動的な否定であり、事実の像である。そして、踊り場とは、階段の途中に設けられた平面/空間であり、勘違いされた場所、思い違いされた名である。
我々はLandingする、そのような場に。


「踊り場」は問う。「あなたは何を見ているのか?」と。

※1[landing]weblio英和和英辞典
1不可算名詞 [具体的には 可算名詞] 上陸; 陸揚げ; 【航空, 飛行】 着陸,着水 (⇔takeoff)2可算名詞 上陸場,陸揚げ場,波止場.3可算名詞 階段頂上[底部]の床面; (階段途中の)踊り場 (⇒flight1 6 さし絵)
※2 ここで、「Landing=踊り場」を見ている人たちが、「人」なのか「人々」なのかについて拘る必要がある。それがそうではないもの ― それを建設した人にとっては、あるいはそこを歩く人にとってはまるで違う意味を持つものとして提示されたはずのものが、複数の主観によって、別の同一性を持つものとして「見られ」ているのだ。勘違いは間主観性を伴って共有されている。そして、それは「名」となったのだ。
※3 「課題図書を読み進めていて、わたしの理想とする世界は帰納法によって実現可能性が高まることを自覚。「アートが力を持つ社会」という「幻想」を信じる人が増えれば増えるほど、それは強固な社会的基盤になる。社会の常識になる」(吉田美音子『やさしい半月』第4頁28)吉田はここで、言語の形式論、普遍本質論を否定し、経験論、現象学、考古学/系譜学的な視点をそれに対立させようとしているに見える。
※4 ジル・ドゥルーズ『フーコー』参照
※5 「世界はまるで劇場だ」(『やさしい半月』第4頁20)
「私たちに許された最後の仮定は、おそらくニーチェは心底から劇場の人間であるということです。彼は、たんに劇場の哲学(ディオニュソスを )をおこなったのではなく、哲学そのもののなかに劇場を持ち込んだのです。そして、その劇場とともに、哲学を変形するような新たな表現方法が持ち込まれました。どれほどの数のニーチェのアフォリズムが上演の原理や価値評価として把握されなけらばならないでしょうか。ニーチェは、哲学のなかでツァラトゥストラのすべてを理解し、しかも舞台のためにも彼のすべてを理解するのです」(ジル・ドゥルーズ『力能の意志と永遠回帰についての諸帰結』、『無人島 1953-1968』所収)
(※6)「おお、わが頭上の天空よ、清く高き天空よ!今や私にとってのお前の純粋さとは、理性という永遠の蜘蛛や蜘蛛の巣が存在しないこと、お前が諸々の神的な偶然が踊る舞踏場であること、お前が神々の骰子と戯れる者たちとのための神々しい賭博台であることだ」(フリードリヒ・ニーチェ『ツァラトゥストラ』第三部「日の出の前に」)

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